大阪府

きしわだてんじんぐう

岸和田天神宮挙式プラン

岸和田天神宮挙式プラン

<神社から一言>
本殿御神前において 厳かに 婚儀を執り行います

スタッフおすすめ

◎ご本殿挙式です
◎神社で結婚式場をしているため、対応が安心
◎境内がとてもきれいで広いです
 結婚式の後にご列席者を交えた記念写真も沢山撮れそうです
◎南海電車本線岸和田駅前でとても便利

プラン料金

コミコミのお得で安心挙式プラン

挙式イメージ
挙式イメージ

挙式料+施設料+衣装(紋付、白無垢又は色打掛)+着付け
+ヘアセット+メイク+アテンド+ご案内係+出張料
+婚礼写真(お二人写し1カット1枚台紙仕上)

ご安心で、お得プラン
まずはお見積りをお求めください!
◎プランの打掛は30種類からお選びいただけます
(ご来店時何着でもご試着できます)
◎土日祝でも料金は変わりません

洋髪の場合

218,000円(税別)

髪飾付き

かつらの場合

238,000円(税別)

かつら、かんざし、綿帽子

挙式料

含む(50,000円)

MAX32名

その他

この挙式プランに含まれるもの

  • 挙式料
    挙式料
  • 高級衣装
    高級衣装
  • 着付け
    着付け
  • ヘアセット(洋髪・かつら)
    ヘアセット(洋髪・かつら)
  • メイク
    メイク
  • 花嫁アテンド
    花嫁アテンド
  • ご案内係
    ご案内係
  • ご婚礼写真
    ご婚礼写真
  • 出張料
    出張料

●挙式終了まで、案内スタッフ、美容スタッフが充分お世話いたします。
●打掛は当店自慢の高級西陣織からお選びいただけます。
  白無垢:200,000円相当
  色打掛:300,000円相当(振袖からもお選びいただけます)
●サロンでは、和装を常にご用意しており、ご試着いただけます。
●挙式の申込みから、当日のお世話まですべてお任せください。
 (一部の会場ではお客様が直接申込みになります)

<スタッフからひと言>
当社の挙式プランの表示価格に付いて。
宣伝のためだけの価格設定、話の途中から、次々とプラスされるのは不安ですし、
当日、ご列席者の案内スタッフが付かないようではでは困りますね。
特に案内スタッフは重要です。
当社では、そう言った事も含め、コミコミ価格で表示しております。

神社内の会食・披露宴

ご結婚お祝いの席のイメージ
ご結婚お祝いの席のイメージ

挙式の後、そのままご会食・ご披露宴
移動無くとても便利です。
神社施設内で少人数のご会食から本格的なご披露宴ができます。

洋髪の場合

かつらの場合

ご人数

会場費

その他

オススメご会食・ご披露宴

ご会食・ご披露宴会場」よりウェディング絆オススメの会場をピックアップしています。

オプション

【プランご利用の特典】 列席者衣装が、留袖 20%OFF、振袖 50%OFFとお安くなります。

  • 列席者衣装
    列席者衣装
  • 列席者着付け
    列席者着付け
  • 十二単プラン
    十二単プラン
  • ブライダルグッズ
    ブライダルグッズ
  • 披露宴会場
    披露宴会場
  • ドレス
    ドレス
  • ロケーション撮影
    ロケーション撮影
  • ブーケ、会場装花
    ブーケ、会場装花
  • ブライダルエステ
    ブライダルエステ

岸和田天神宮

岸和田天神宮

◎ご由緒・歴史

当社の創建は伝えによると、後村上天皇の正平十七年(1362)の頃、泉州沼村(現在の沼、筋海、並松)の村長に沼間将監という人があって極めて孝心が厚く、父親が長らく病床に就き八方手をつくし平癒を願ったがその効験がなかった。
そのため、かねてから信仰していた山城の国八坂神社に参り病父の平癒を祈願すること三日、 ついに霊感を得て歓喜して帰郷すると父の病は全快し、普段の元気な姿に復していた。
沼氏は大いに喜びその御神徳を村の衆に告げ邸内の清域に(現在地)に社殿を造営して八坂神社(祭神、速須佐之男命)の御分霊を勧請したのが始まりという。
以後、沼氏代々の鎮守として霊感日毎に増し、村内に水旱病疫等事ある毎に祈願を行い霊感あらたかで、その御神徳が遠近に聞え崇敬する者も多くなった。
後天照大神、八幡大神を別社に祀り、沼の天神さんとして親しまれてきた。
その後、明徳年間(1390)に至り、山名、大内二氏の争乱等により天正年間(1573)に至るまで再三兵火の厄に会い、社殿旧記宝物等一切は焼失した。
村民はその荒廃を嘆き、文禄三年(1594)に社殿の復興を図り御神徳が益々高揚した。
慶長年間(1596)になり、小出播磨守が岸和田領主になった時、別社を岸和田城内に移しその守護神とした。 
天和三年、(1683)に至って天神宮と称した。
表「天神宮」裏面「天和三癸亥年八月祭吉日」と彫られた神号額が現存している。
享保年間(1716)村民が私祭していた菅原道真公を合祀した。
明治四年、神社調査の際、社名が天神宮であることから主祭神を菅原道真公なりと誤認して菅原神社と届出した。
明治四十年から四十二年にかけて、近隣八社を合祀し、氏子町内も拡大した。
昭和五十七年御鎮座六百二十年を機に社殿を御造営し、完成後名称を旧に復し、岸和田天神宮(通称沼天神)と改称した。

(岸和田天神宮公式WEBより)

◎アクセス

名称
岸和田天神宮(きしわだてんじんぐう)
所在地
大阪府岸和田市別所町1丁目13-15
ウェブ
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